OCS ARCHIVE / EDO WORLD / SHIN-YOSHIWARA 1795 / MAKEUP
江戸の白粉と化粧
顔は、夜のためにつくられていく。

1795年前後の新吉原を考えるとき、花魁の化粧を完成した顔だけで見ると、支度の時間が消えてしまいます。白粉を水で溶き、手や刷毛でのばし、紙や刷毛で整える。江戸期の化粧には、道具と手順を伴う作業がありました。
01 / OSHIROI
白い顔は、ひと塗りではできない
国立国会図書館が紹介する江戸期の化粧法では、水で溶いた白粉を額、頬、鼻、口まわり、耳、首筋へと手や刷毛でのばし、紙と濡らした刷毛、乾いた刷毛などを使って肌になじませる工程が記されています。重要なのは、白粉の濃さや方法が時代・地域・身分・職業によって異なったという点です。
02 / TOOLS
刷毛、紙、水、手
現代の化粧品ポーチではなく、当時の化粧を支えたのは白粉、容器、水、刷毛、紙、手ぬぐい、そして手そのものです。OCSでは、こうした道具を背景小物ではなく、仕事前の支度を成立させる設備として扱います。
03 / PREPARATION AS WORK
美容ではなく、公の役をつくる時間
歌麿が1800年頃に描いた高位遊女の化粧場面からも、客前に出る前の化粧そのものが視覚的な主題になっていたことが分かります。紫月の再構成では、白粉、髪、衣、櫛、簪を連続した支度として扱い、私的な人物が公の花魁へ変わっていく時間を描いています。
CAUTION
「花魁は必ずこの順番で化粧した」とは言わない
江戸の化粧法には地域・時代・身分・職業による差があります。このページでは江戸期の化粧史と18世紀末〜1800年頃の遊女像を組み合わせ、1795年の新吉原にあり得る支度世界を再構成しています。紫月固有の手順を歴史上の普遍的慣習として扱いません。
新吉原1795を続けて見る
PROVENANCE — DIRECT SOURCE FACT / PERIOD-ADJACENT SUPPORT / OCS RECONSTRUCTION. 紫月は架空人物。江戸期一般の化粧法と、1795年前後の遊女表現を区別して扱っています。
