灯りが入るころ

1795年、新吉原。灯りが入る前、紫月はまだ「花魁」ではない。
私的な女が、支度という労働を通して、公の花魁へ変わっていく。そして夜が終われば、その姿は再び解かれる。紫月は架空人物。本作は、18世紀末の史料・浮世絵・当時の風俗資料を参照しながら、新吉原で働く一人の女性の一日を再構成したビジュアル・フィクションです。
1795年・新吉原 花魁道中
紫月の支度から、仲之町へ出る一行、群衆、街路、揚屋入り、そして道中が去った後まで。新吉原というWORLD全体を描いた4K映像を公開しました。
女としての時間

髪を下ろし、手紙を書く。完成された花魁像の前には、まだ客の目に触れていない時間がある。1794–95年頃の喜多川歌麿にも、整髪前の高位遊女が手紙を前にする私的場面が描かれています。紫月の物語も、まずその内側から始まります。
花魁がつくられる

白粉、髪、衣、帯、櫛、簪。公の姿は、ひとつずつ積み上げられる。支度は装飾ではなく、職業上の役割を身体に組み立てていく時間でもありました。

まだ女であり、もう花魁でもある。
この途中の時間こそ、本作の中心です。完成後の華やかさだけでは見えない、手順、道具、人の手、待つ時間。その全部が「花魁」という公の像をつくります。

最後の簪が入る。ここで私的な紫月は一度奥へ退き、新吉原の人々が見る「紫月」が完成します。
この先には、33CUTの完全版があります。
Web版では物語と世界観の入口だけを公開しています。私室から支度、仲之町、揚屋へ向かう一行、夜の仕事、その後までをより細かく追う完全版はKindleで。
灯りの中へ
ここから画面の主役は紫月だけではありません。禿、新造、仲之町、灯り、人の視線、そして揚屋へ向かう移動そのものが、新吉原という仕事の世界をつくります。

ひとりでは歩かない。
18世紀末の吉原を描いた作品では、高位遊女の周囲に新造や禿が伴う姿が確認できます。行列は単なる見世物ではなく、店・役割・序列を可視化する公の場でもありました。

「花魁道中」の先には、行き先があった。
18世紀末の史料では、遊女屋から仲之町に面した揚屋へ向かう移動が「揚屋入り」として確認できます。本作では、派手な行列だけを切り取らず、誰が付き、どこからどこへ向かい、その先にどんな仕事の場があるのかまでを追います。
灯りのあと

花魁は、夜のためにつくられる。
髪飾りが一本ずつ外れ、重ねた姿がほどけていく。紫月は、その前からそこにいて、灯りが消えたあとも残る。本作が見たいのは、完成した役だけではなく、その前後を含む一人の生活です。
『灯りが入るころ』
1794–1804 江戸・新吉原 花魁 — 紫月。33CUTで構成した完全版ビジュアルストーリー。
