1972年安乗、海女が海女小屋から港へ向かう再構成シーン

安乗の海女とは?|三重・志摩の海女漁と1972→1992の仕事世界

OCS KNOWLEDGE HUB 09 / ANORI WORLD

安乗の海女とは?

三重県志摩市阿児町安乗。的矢湾の入口、外海と内湾が接する岬の集落で、海女は海の季節、漁場、共同体のルールに合わせて素潜り漁を続けてきました。OCSでは1972年の直接写真資料を基準点に、港、海女小屋、乗合船、衣服、道具、呼吸、そして1982・1992へ続く変化を一つのWORLDとして辿ります。

1972年安乗の港と海女仕事の世界を史料にもとづき再構成したOCSビジュアル

10-SECOND ANSWER

安乗の海女は、「一人で潜る人」ではなく、港・小屋・船・漁場・仲間とつながる仕事だった。

1972年8月24日の安乗写真には、海女小屋で暖をとる海女、ノリアイ船へ向かう集団、白い磯着とジャージ、磯メガネ、カギノミ、タンポ、スカリ、海中での採取、帰港後の着替えまでが連続して記録されています。安乗を理解するには、人物だけでなく、この仕事のシステム全体を見る必要があります。

PLACE / 安乗はどこ?

的矢湾の入口。岬・荒磯・港が近接する海の集落。

安乗は志摩半島の阿児町にあり、安乗岬は的矢湾の入口に位置します。外海に面した荒磯は海女の漁場でもあり、港、集落、岬、海が短い距離の中でつながっています。海女仕事をLAND / HARBOR / SEAの連続として見せやすい場所です。

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WHAT THEY HARVEST

夏磯と冬磯で、海底の仕事が変わる。

海女習俗調査の安乗の聞き取りでは、夏磯はアワビとサザエ、冬磯は主にサザエとナマコと語られています。1972年の安乗写真資料では、主な採取物としてアワビ・サザエ・トコブシ・ウニなども説明されています。

同じ海でも一年中同じものを探すわけではありません。季節が変われば、見る岩場、海藻、道具の動き、寒さ、身体の負荷まで変わります。

海女は何を採る? →

NORiAI / WORK SYSTEM

安乗の1972年資料で強く見えるのが、ノリアイ。

鳥羽・志摩の海女漁は大きくカチド、フナド、ノリアイに整理されます。1972年安乗の写真には、複数の海女が海女小屋を出て、スカリを持ち、待機しているノリアイ船へ乗り込む様子が残っています。船は複数の海女を漁場へ運び、そこで各人の素潜り仕事が始まります。

WORKWEAR

白い磯着とジャージが、同じ日に共存していた。

1972年8月24日の写真は、安乗の服装を「白い磯着だけ」に固定しません。白い木綿系の上衣を着る海女がいる一方、中学校のジャージのお古を着て潜る海女も記録されています。さらに別カットでは、木綿・ナイロン系のさまざまな磯着が干され、当時ウェットスーツ着用は禁止されていたと説明されています。

つまり安乗の仕事着は、象徴的な伝統衣装と生活の中の実用品が混ざる現場でした。

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KAMADO / AMA HUT

安乗では海女小屋を「カマド」と呼ぶ。

1972年の写真説明では、安乗地区で海女小屋を「カマド」と呼び、出漁前に薪を焚いて身体を温め、漁や家族、村の話をし、小腹を満たす場だったことが記録されています。操業後にも着替え、暖を取り、濡れた磯着を干します。

海女小屋は「休憩所」ではなく、海へ出る前と帰った後をつなぐ仕事場です。

海女小屋とは? →

BODY / DIVE + ISOBUE

潜る、探す、採る、上がる、息を戻す。

1972年安乗の写真説明では、一回の潜水は約30〜50秒、若い海女なら一操業に約60回繰り返すという説明があります。海面へ戻るとタンポにつかまって身体を休め、次の潜水へ備えます。海女仕事は一回の長い潜水ではなく、短い潜水と回復を反復する身体労働です。

1972 / DIRECT EVIDENCE

1972年8月24日。安乗の一日が、異例なほど詳しく残る。

1972年安乗で海女が乗合船へ乗る仕事の流れを再構成したOCSビジュアル

この日の資料群には、海女小屋、堤防、ノリアイ船、衣服、海中操業、浮上休息、船上での採取物整理、帰港、再び海女小屋へ戻る場面まであります。OCSの1972 ANORI WORLDは、この直接資料を軸に「一人の海女」ではなく「仕事の一日」を再構成しています。

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ANORI TIME AXIS

1972 → 1982 → 1992。同じ海を、20年見る。

OCSでは1972を資料の強い基準点とし、10年後・20年後へ時間を進めます。変化を見るのは人物だけではありません。仕事着、船、港、道具、海女小屋、世代がどう変わり、何が残るのかを同じ土地で追います。

ANORI WORLD — 1972–1982 →

FACT / RECONSTRUCTION

志乃と佳代は、史実の安乗を歩くための架空人物。

安乗の土地、1972年写真、海女小屋、ノリアイ船、道具、衣服、漁の方法などには実在資料があります。一方、浜崎志乃と佳代はOCSの架空人物です。史料から直接確認できるFACT、複数資料から妥当性を絞るINFERENCE、視覚再構成RECONSTRUCTION、人物の人生FICTIONを分離して扱います。

FAQ

安乗の海女でよくある疑問

安乗はどこにありますか?

三重県志摩市阿児町安乗。安乗岬は的矢湾の入口にあり、岬周辺の荒磯は海女の漁場でもあります。

安乗の海女は何を採りますか?

安乗の聞き取りでは、夏磯にアワビ・サザエ、冬磯に主にサザエ・ナマコ。1972年資料ではアワビ、サザエ、トコブシ、ウニなどが主な採取物として説明されています。

1972年の安乗ではウェットスーツを着ていましたか?

1972年8月24日の資料には白い磯着やジャージ姿が残り、別の写真説明ではウェットスーツ着用は禁止されていたとされています。安乗は鳥羽・志摩でも導入が遅かった地域と説明されています。

安乗では海女小屋を何と呼びましたか?

1972年資料では「カマド」と呼ぶと説明されています。出漁前後に火で身体を温め、着替え、食事、会話をする仕事の拠点でした。

SOURCES

主な参照資料

NEXT NODE

技術はあったのに、なぜ安乗では導入が遅れた?

次は「海女とウェットスーツ」。いつ入り、何を変え、なぜ地区ごとに導入速度が違ったのかを見る。

海女とウェットスーツを見る →

AMA KNOWLEDGE MAP / 01–20

海女を、別の入口から辿る。

01 海女とは?02 歴史03 道具04 服装05 潜り方06 潜水時間07 採るもの08 徒人・船人・ノリアイ09 安乗の海女10 ウェットスーツ11 海女小屋12 磯メガネ13 磯笛14 カギノミ15 白い磯着16 仕事着20年17 船・港20年18 道具20年19 海女小屋20年20 身体・世代20年

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